2013年11月29日金曜日

喜んでもらえる贈りもの


お歳暮、お年賀、お中元、各種お祝い事‥日本は贈り物をする機会がとても多いですね。

それにクリスマス、誕生日、母の日、父の日、夫婦の日、銀婚式、結婚式など家族のお祝いや、日本の伝統にはなかったイベントが加わって、楽しいやら忙しいやら。

あまり親しくない相手の場合、食べたり飲んだりして消えてなくなるものを贈る場合も多いようです。たしかに賢明な選択でしょう。

でも、相手の好みを知っている場合、いつまでもとっておけるものを贈るのも、心がこもっていると思います。
自分のことを考えて選んでくれたんだなぁ、と。

たとえば、犬の好きな方には犬の顔を織り込んだインテリア・ファブリック。


猫が好きな方には猫。



お疲れさまと言ってさしあげたい方には、ほっこりしたインテリアグッズでやすらいでいただけますように。

<広告>
ほっこりしたインテリアグッズ

人気ブログランキングへ

2013年11月21日木曜日

ヨーロッパのクリスマス・デコレーション*クレッシュ


ヨーロッパのクリスマスで、ツリーと並んで人気があるのがクレッシュ。
クレッシュとは、イエス生誕の情景を人形や家畜小屋の模型で再現したもので、ツリーの下や、棚の上に飾ります。

幼子イエスは、宿屋が満杯だったため、馬小屋で生まれ、飼い葉桶の上に寝かされたと聖書にあります。
ラテン語で飼い葉桶はcripiaというそうで、フランス語のcrecheの語源となっています。

今クレッシュというと、保育園の意味でもあります。

さて、クレッシュをクリスマスに飾る習慣がいつ始まったかについては‥やはり色々な説があります。

フランス語版ウィキペディアによれば、1223年、サン・フランチェスコが、洞窟の中にしつらえた庵の中でクリスマスの説教を行い、村の人々が、マリア、ヨセフ、羊飼い、東方の三博士、村人の役を演じたとあります。
動物の役も、本物の家畜によって演じられた(?)そうです。

つまり、最初のクレッシュは置き物ではなく、生き物だったのですね。

今日のクレッシュに似たものが教会に飾られるようになるのは16世紀、イエズス会の人々が始めたそうです。

今でもクリスマスの前になると、大小のクレッシュが、教会や広場、家庭に現われます。でも、小さなイエス様を置くのは25日になってから。

それまで、マリア、ヨセフ、羊飼いたちは、じっと待っています‥

<広告>
クリスマスの飾り直輸入

人気ブログランキングへ

2013年11月19日火曜日

ヨーロッパのクリスマス・デコレーション*クリスマスツリー


クリスマスはイエス・キリストの誕生を祝うお祝いですが、ツリーを飾る行事は、クリスマスのお祝いが始まるずっと前から行われていました。

ツリーの由来には色々な説がありますが、フランス語版ウィキペディアには次のような説明があります。
北欧やケルトの民は、冬のお祭りに、木、特に葉がなくなることのない針葉樹を、永遠の命のシンボルとして使いました。
ロウソクやリボンで飾ったり、木の実や麦を飾ったそうです。
キリスト教の発展とともに、民間信仰の習慣がキリスト教のものとして同化されたということです。

ヨーロッパでは、クリスマスになると、信者であろうがなかろうが、家族が一同に顔を合わせてお祝いをします。
子どもを連れて祖父母のところに集まるという一家も多いようです。
子どもたちにとっては、誕生日と同じくらい大切な日です。

子どものいる家庭では、ほとんどの場合、クリスマスツリーを飾ります。
市場や花屋、スーパーでもみの木を買って来る人が多いです。
「クリスマスツリーは子どもが見上げるくらい大きくなくっちゃ」と言う人もいます。

もみの木は、生木です。
庭があれば木を植えることもできますが、都会に住んでいる人の場合、たいていは切った木を家の中に飾るようです。

こう書くと、残酷でもったいない気もします。
しかし、ほとんどはクリスマスのために栽培された木であり、消費が植樹を促すため、環境のためには、石油で作ったプラスチックのツリーよりも良いようです。

ツリーは年明けまでとっておく人がほとんどです。
家の中にもみの木の香りが漂い、気分が良いものです。
キリスト教では、クリスマスの12日後、東方の三博士が来た日に取り外すということになっているようです。

子どもたちのクリスマス休暇が終わって再び学校に行く頃、歩道には捨てられて、集められるのを待っているもみの木がいっぱい。
国によっては、リサイクルして肥料にするそうです。

子どもたちの中には、仲良くなったもみの木とさよならするのが辛いという子もいます。
我が家もその例にもれず、切った木は捨てなければならないのでもう買うのをやめました。
バルコニーに小さなもみの木を植えて飾ります。
子どもがもっと幼かった頃は、大きなもみの木を買って来て飾っていたのですが、子どものためと言って、子どもが喜ばないことをするのは変ですから。
もみの木は家の中に入れると弱るため、クリスマス前後の3日間だけ、家の中の暖房から離れたところに置いて楽しみます。

小さいながらも酸素を吐き出し、数々の小さな命の住処になってくれるバルコニーのもみの木。

ツリーに吊す飾りは人それぞれです。
イリュミネーションをいっぱい付ける人、年によって色のテーマを決める人、素朴な飾りを好む人‥

我が家の小さなもみの木には、重い飾りは付けられません。
でも、ベルギーはさすがにレースの国。
レースのクリスマス・デコレーションもあります。

<広告>
クリスマスの飾り直輸入

人気ブログランキングへ

2013年11月14日木曜日

貴婦人と一角獣の涙


「貴婦人と一角獣 我が唯一の望みに」。天幕に点々と見える金色の模様は、涙のしずくを表すのだそうです。

なぜ涙が?

「貴婦人と一角獣の謎」でご紹介したジェルソン神学から考えると、悔い改めの涙ということになりますが。

中世最大の詩人で破滅的な人生を送ったフランソワ・ヴィヨンの詩にも、五感と心をテーマにしたものがあり、悔恨の涙という言葉が見当たります。

天幕は、中世の騎士文学の中で、しばしば人間の世界と神の世界との境界を象徴するものとして使われていました。

ということは、宝石類を箱にしまって天幕に入ろうとする貴婦人は、過去の行いに悔恨の涙を流しているのでしょうか。

ちょっと待って待って!それだったら、その前の5枚のタペストリーはどうなるの?美しい五感の世界を否定してしまうということ?

だとすると、五感のタペストリーをかくも美しく描いたのはどうして?五感をおとしめるような表現は、一つも見当たりませんでしたが。

もう一度、天幕の「涙」を見てみましょう。

涙にしては、ちょっと変わった形ではありませんか?

実はこれは炎でもあるという説があります。

人間的な情熱の炎。

二つの相反するものに魅かれている心。

天幕の外にも、中にも魅かれながら、敷居に佇む貴婦人。

そう考えると、なんだかわかるような気がしますが、皆さんはいかがですか?

<広告>
ヨーロッパの職人が作ったゴブラン織りのタペストリー

人気ブログランキングへ

2013年11月10日日曜日

油絵の複製


展覧会を見に行って、気に入った絵の記憶を持ち帰りたいと思うことはありませんか。

それでポスターや絵はがきを買って、がっかりしてしまうことはありませんか。

てらてらと光って、本物を見たときの感動を思い出すよすがとならないのです。

その点、タペストリーによる複製には質感があります。

特に、ゴッホやモネ、ルノワールといった印象派の画家や、クリムトの黄金の時代をタペストリーで複製にすると見事です。

様々な色の糸を微妙に組み合わせるタペストリーと、様々な色の絵の具を、時に混ぜないで画面に置いていく印象派。

金糸銀糸をふんだんに使ったタペストリーと、金箔を使ったクリムトの黄金の時代。

ユネスコの世界遺産である、ラスコーの洞窟壁画やピラミッドの壁画も、タペストリーによる複製がおススメです。

<広告>
ヨーロッパの職人が作ったゴブラン織りのタペストリー

人気ブログランキングへ

2013年11月8日金曜日

そのベルギー・レース、どの国で作られたの?

旅行でベルギーに行って、レースをお土産に買う方、ご用心です。

けっこう上品なお店でも、ベルギー・レースに混じって、中国製のレースなどが売られています。

中国にも、スワトウ刺繍など、中国にしかない高級品があります。
また、レースにしても、中国レースと知って購入するなら納得ですが、ベルギー・レースの専門店だから、全部ベルギー製ではないのです。

良心的なお店は、「これはベルギー製、これは中国製」とか、「これは手作り、これは機械で作られたもの」と、こちらが聞かないでも説明してくれますが、黙っている分には詐欺ではありませんから。

値段や見た目の感じ、縫製がていねいかどうかで、素人が見ても簡単にわかることもありますが、ちょっと目にはわからない場合もあります。

心配な時は、お店の人に率直に訪ねてみるのがいいでしょう。
 ベルギーのお店の人は、フランスと違って、たいてい英語が喋れます。

(ベルギーの主な公用語はフランス語とオランダ語で、オランダ語は、フランス語よりずっと英語に近いせいかもしれません。
もっともフランスも、観光客が来るお店の人は、英語が喋れますね。)

ちゃんとしたお店なら、正直に答えてくれると思います。

ベルギーの他、他のヨーロッパの国々にもレースの名産地があります。

<広告>
ヨーロッパのレースを直輸入

人気ブログランキングへ

2013年11月7日木曜日

モネの庭



ジベルニーの庭。

モネがジベルニーに引っ越したのは、42歳の時でした。いくらか絵が売れるようになり、ようやく狭い家から広々とした空間に住むことができるようになったのでした。

最初の妻カミーユはもうこの世にありませんでしたが、二人の子ども、そして後に再婚することになるアリスとその六人の子どもという大所帯でした。

この頃モネはまだ有名な画家ではなく、生活が豊かになったわけでもなければ、ジベルニーを買ったわけでもありませんでした。

モネは庭に多くの花を植えましたが、同時に野菜畑も作りました。夕方の水まきと草抜きは子どもたちの仕事で、子どもたちにとっては楽しいだけではなかったようです。子どもたちは、鳩や七面鳥の世話もしました。近所の川で魚も釣りました。もちろん、楽しいこともたくさんありました。泳いだり、スケートをしたり‥

ジベルニーは、楽にパリまで日帰りできる距離でもあり、画商や画家仲間に合うのに便利だということも、モネにとって好都合だったようです。

やがて彼は画家として大成功を収め、家と庭を買い取り、パリどころかアメリカからまで画商がやってくるようになりました。

庭師が雇われ、子どもたちは庭仕事から解放されました。

モネはよく庭で絵を描きました。アリスの娘ブランシュは絵が大好きで、いつもモネのお供をしたそうです。彼女は大人になってからも絵を描き続け、若くして夫が亡くなると、モネのもとに戻り、再び彼を手伝いました。

モネは滅多に自分の作品に満足することがなく、気に入らないと、庭で絵を燃やしたそうです。そんなふうに燃やされた絵は、たくさんあったそうですよ‥

この庭でモネは、睡蓮の連作や日本の橋など、数々の名作を生み出しました。

冒頭の映像は、モネの絵ではありません。写真でもありません。ジベルニーの池を再現したタペストリーの一部です。

人気ブログランキングへ

2013年11月6日水曜日

家族へのクリスマス・プレゼント

子どもへのプレゼントを選ぶのは楽だ。
何が欲しいかちゃんとわかっている。
欲しいモノがありすぎて困るくらい。

母へのプレゼントもそんなに困らない。


いつも一番頭を悩ますのは、父へのプレゼント。
もうプレゼントなんか欲しくないのだから始末が悪い。

一番喜ぶのは、孫の顔を見ること、に決まっている。
その他のことは、全て二の次なのだ。

かといって、孫を小包に詰め込んで送るわけにもいかないし、写真を送るだけ、というのも物足りない。

孫がいないときでも、楽しい気分になれるものはないか。

家の中で過ごす時間が多くなってきたので、家の中の居心地を良くするもの。

気持ちが和む絵とか。

父の好きなルノワールは買えないけど。
安っぽくない複製なら、きっと目を細めてくれる。


<広告>
ヨーロッパの職人が作ったタペストリーとレース
いいプレゼント、きっと見つかります。

人気ブログランキングへ

2013年11月4日月曜日

モネの「ひなげし」

夏の散歩。赤いひなげしの花が咲き乱れる。長く伸びた草に胸まで隠れて。

花はひなげしでなくてもいい。草の匂い。風。空。光。

そんな感覚を見事に描き表したモネの「ひなげし」。最初の妻カミーユと当時6歳だった息子のジャン•ピエールが野原を歩いて行きます。

同じ絵の中で、親子は二カ所に現われます。中世の絵のように、同じ登場人物が、時間の流れにしたがって、二回姿を現わしているのです。

ひなげしは、近づいて見れば、ほとんど赤い点々にすぎないのですが、絵全体として見た時、花の咲き乱れる野原を、これほど生き生きと呼び覚ましてくれる絵は、他にないかもしれません。

この絵は1873年に描かれ、翌年、印象派の画家の絵を集めた最初の展覧会「落選展」で展示されました。

カミーユは、18歳でモネと出会い、32歳に結核で亡くなるまで、幾度となくモネの絵のモデルとなりました。ルノワールが描いた彼女の肖像もあります。

印象派の画家たちがまだ世に認められていなかった時、エルネスト・オシュデというモネたちの友人が、印象派の絵を買い集め、画家たちの経済的な支えとなっていました。

パリのシックな商店を経営し、夏は田舎にある城で過ごしていたエルネスト。しかし、実は彼の店は赤字で、1877年、ついに破産してしまいます。エルネストは逃げるように国外に去り、彼の妻アリスは一人残されます。5人の子どもと、お腹の中の6人目を抱えて。

モネ夫妻は、パリのアパートを借りるお金はなかったので、苦しい時を乗り越えるために、普通の人が夏だけ過ごす粗末な家を、地方で借ります。アリスも、子どもたちと一緒にそこに移り住んだのでした。

全部で8人の子ども。狭い家で、ひしめき合うように暮らしていたのでしょう。

でも、「ひなげし」の中で、カミーユとジャン•ピエールは、広々とした野原を気持ち良さそうに渡って行きます‥

冒頭の写真は、この絵をタペストリーで再現した複製の一部です。タペストリーは、印象派やクリムトの黄金時代、壁画などの複製に特に向いているようです。

人気ブログランキングへ