2017年12月28日木曜日

断捨離がリバウンドする2つの理由

女性、カーテン、日当たりの良い片付いた部屋

ダイエットと同じで、断捨離もリバウンドしてしまう場合があります。 

リバウンドしてしまう原因は色々でしょうが、大きく二つに分けられるのでは。

一つは、衝動買いなど、考えないでモノを貯めこんでしまう習慣が再発してしまうこと。

一つ目はわかりやすいですね。

もう一つは、ムリな断捨離をしてしまった場合です。

ムリなダイエットが体に悪いことはよく知られています。

ムリな断捨離はどうでしょうか。

何を棄て、何を取っておくかという判断は、けっこう難しいですね。


余計なモノであふれた部屋ではくつろげませんが、病院のような部屋、ショールームのような部屋ではどうでしょうか。

動物は、自分の縄張りを保つために臭いを付けます。

人間は、何か自分らしいものを置くことによって、空間を自分の場所にするのかもしれません。

初めて一人暮らしをした時のことを考えてみると、ピンとくると思います。

自分らしいものとは、家族の写真かもしれないし、観葉植物かもしれないし、実家で使っていたお茶碗かもしれません。

好きで集めているモノかもしれません。

無駄なものは持たない、それはきれいな部屋を作るための大切なルールです。

でも、無駄なものは何一つ持たない、とあまり厳しいルールを定めてしまうと、息苦しくなることがあるのでは。

その結果、断捨離がリバウンドしてしまうのかもしれません。

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2017年12月26日火曜日

戌年も、さりげないのがかっこいい

ヒスイ(翡翠、ジェード、ジェイド)の犬の置物

来年の干支は戌。


さりげなく犬をインテリアに取り入れるというのはどうでしょう。
いかにも、っていう感じの置物等よりセンスが感じられるかもしれませんね。

ダルマシアンという犬の顔を織り込んだゴブラン織りのクッション


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2017年12月24日日曜日

夏目漱石とペット

ハンドメイドで丁寧に作られたリネンの小鳥のオーナメント

夏目漱石と言うと、猫ですね。

でも、夏目漱石には『文鳥』と言う短編小説もあります。

ただこの小説、文鳥が好きな方には絶対にお勧めできません。
夏目漱石が嫌いになってしまうと思います。
ここには大変身勝手で、ひねくれた小説家の姿が描かれています。

しかし、この小説の中の「私」とは、本当に漱石自身のことなのでしょうか。
小説家と言うものは書き始めたらフィクションの世界に入ってしまうものです。
小説の中の「私」がそのまま作家自身だと思うのは単純すぎるでしょう。
漱石の娘さんの思い出を読んだことがあります。
今手元にないのですが、文豪の普段の姿が描かれていました。
娘さんの思い出の中では、漱石は動物に対しても温かい心を持っていました。
文鳥が死んだ原因も、この思い出話と小説『文鳥』の中では異なっています。
娘さんの話では、漱石は文鳥の死を素直に悲しみ、子供たちにお墓を作ってあげるように言ったとあります。

漱石の家の跡には猫塚と呼ばれるものがあります。
吾輩は猫である」の猫の墓だという俗説もありますが、実は漱石の家で飼われていた様々な動物のために作られたといいます。
小説の中に出てくる「私」が漱石の実像に近いのか。
それとも娘さんの思い出の中の父が本当の漱石なのか。
または小説の中の文鳥と娘さんの話の中の文鳥は、別の文鳥なのか。

いずれにしても、小説は小説として純粋に味わい、文鳥は文鳥として純粋に愛したいものです。



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2017年12月17日日曜日

ペットロスから癒されるために


フランスに住んでいた時、近所に猫を飼っている人がいました。

放し飼いにしていて、ある日交通事故に。

フランスでも、事故に遭ったり姿を消す放し飼いの猫は多いようです。
その一部は毛皮になっているという恐ろしい記事を読んだこともあります。
犬も、同じ目的のために盗まれることがあるといいます。

猫がいなくなってから一週間ほど経った頃でしょうか。
隣人のアパルトマンに行くと、見知らぬ猫がいます。

「弟がくれたんだ。」
そう言う彼の顔は明るくはありませんでした。
「子どもたちは大喜びさ。
でも僕は…」
「まだ新しい猫なんて欲しくなかった?」
彼は黙ってうなづきました。
辛そうでした。

人間の家族を失くした時、誰が新しい子どもやお母さんを上げるでしょう。
ところがそれが動物の時、人は時として、良かれと思って間違いを犯してしまいます。


時間が経てば、よその子を見て目を細めるようにもなるでしょう。
お母さんのような人に甘えることもあるでしょう。
そうなるまでには、どうしても時間が必要です。

ペットを失った人にも、喪の時間は必要だそうです。

周りの人にできるのは、その人が十分に喪の時を生きる手助けをすることかもしれません。
それは、さりげなく「理解してるよ」というサインを送ることだったり、そっとしておいてあげることだったり、場合によって違うので難しいですね。

でもとにかく、他のあらゆるコミュニケーションと同じように、相手の気持ちになってみることから始まるのでしょう。



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2013年11月29日金曜日

喜んでもらえる贈りもの


お歳暮、お年賀、お中元、各種お祝い事‥日本は贈り物をする機会がとても多いですね。

それにクリスマス、誕生日、母の日、父の日、夫婦の日、銀婚式、結婚式など家族のお祝いや、日本の伝統にはなかったイベントが加わって、楽しいやら忙しいやら。

あまり親しくない相手の場合、食べたり飲んだりして消えてなくなるものを贈る場合も多いようです。たしかに賢明な選択でしょう。

でも、相手の好みを知っている場合、いつまでもとっておけるものを贈るのも、心がこもっていると思います。
自分のことを考えて選んでくれたんだなぁ、と。

たとえば、犬の好きな方には犬の顔を織り込んだインテリア・ファブリック。


猫が好きな方には猫。



お疲れさまと言ってさしあげたい方には、ほっこりしたインテリアグッズでやすらいでいただけますように。

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2013年11月21日木曜日

ヨーロッパのクリスマス・デコレーション*クレッシュ


ヨーロッパのクリスマスで、ツリーと並んで人気があるのがクレッシュ。
クレッシュとは、イエス生誕の情景を人形や家畜小屋の模型で再現したもので、ツリーの下や、棚の上に飾ります。

幼子イエスは、宿屋が満杯だったため、馬小屋で生まれ、飼い葉桶の上に寝かされたと聖書にあります。
ラテン語で飼い葉桶はcripiaというそうで、フランス語のcrecheの語源となっています。

今クレッシュというと、保育園の意味でもあります。

さて、クレッシュをクリスマスに飾る習慣がいつ始まったかについては‥やはり色々な説があります。

フランス語版ウィキペディアによれば、1223年、サン・フランチェスコが、洞窟の中にしつらえた庵の中でクリスマスの説教を行い、村の人々が、マリア、ヨセフ、羊飼い、東方の三博士、村人の役を演じたとあります。
動物の役も、本物の家畜によって演じられた(?)そうです。

つまり、最初のクレッシュは置き物ではなく、生き物だったのですね。

今日のクレッシュに似たものが教会に飾られるようになるのは16世紀、イエズス会の人々が始めたそうです。

今でもクリスマスの前になると、大小のクレッシュが、教会や広場、家庭に現われます。でも、小さなイエス様を置くのは25日になってから。

それまで、マリア、ヨセフ、羊飼いたちは、じっと待っています‥

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